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三島ダム湖畔の素掘りトンネル

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とある用事で君津市へ。2時間以上前に着いてしまったので下調べしておいた三島ダムをカーナビにセット。しかし今回のターゲットはダムでも満開の桜でもない、素掘りのトンネルだ。

 

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三島ダムのすぐ横にトンネルの入り口がある。写真の背後には満開の桜。ジモティーがバーベキューで宴会しているのを横目に腹を鳴らしながら進む。

 

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トンネルの壁面を見るとツルハシを叩きつけた跡がびっしりと並んでいた。なかなか珍しい光景だ。

 

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最初のトンネルは途中で90度曲がっている。役所が作るトンネルではあり得ない角度。パノラマ合成してみたがイマイチ直角感がわかりにくい。こういうのはVRが良いのだろう。

【2019年4月10日追記】

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忘れた頃に作成されるGoogleフォトのパノラマ合成

やっぱりGoogle先生の仕事は間違いない。だけど、もっと早く作ってね♪ 

 

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第2のトンネル中程に横への道。何も案内がないが進んでみると小さな建物。マップを見ると八雲神社という名称だった。賽銭箱はないのでジャランジャランとごあいさつしてから中を覗いたがよく見えなかった。

 

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トンネルの先にも道は続く。ダム湖の湖畔、ちょっとした入江に捨てられた小舟や流木が漂っていた。

 

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道の終点には民家が数件。その近くには蜂の巣箱が並んでいた。何かを確認するために近づいたらハチの飛ぶ姿が見えたのでUターン。東京から1時間強な場所で養蜂が行われているとは思わなかった。

 

 

 

【東北震災遺構2018】③たろう観光ホテル

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東北震災遺構めぐりも最後の目的地へとたどり着いた。岩手県宮古市田老地区、津波で街が全滅になってしまったところだ。


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旧堤防と新堤防。古い方は一部損壊していた。新しい堤防は海寄りにより高く建設されていた。


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津波到達地点の表示は港湾施設と岩山に設置されている。今回の津波が如何に高いかがよくわかる。


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f:id:twinleaves:20180713075641j:image報道でもよく紹介されていた震災遺構「たろう観光ホテル」。1階と2階は津波で骨組みだけになっていた。

 

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あらかじめボランティアガイドを申し込んでいた。ガイドと一緒でないと中に入れないのだ。ガイドによる案内で客室内を見学、3階以上は何もなかったようにキレイな状態で残っている。さらに奥の部屋へと案内され、そこでホテルの社長さんが撮影した津波到達時のビデオを見る。沖合から黒い塊が迫ってくる、そしてホテルと海岸の間を消防車が走り抜ける。その直後堤防を安々と越えて迫ってくる大津波。映像で見ても迫力があり恐怖感を覚える。目の前でリアルに体験したら腰を抜かすだろう。実際、ビデオ映像は津波がホテルに到着するときの一瞬、カメラが上を向いてしまっている。本人は覚えていないそうだが自然と体が避けたのだろう。


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このホテルの社長さんは防災意識が高かったようだ。津波以前から掲示されている張り紙、従業員も全員無事だったそうだ。ホテルは近くに新築された。しかしこの被災建物は遺構として残すことを決めたのだ。石碑や碑文だけではすぐ忘れ去られる。これだけ大きい遺構でいつまでも危険に備えることを忘れないようにという思いだろう。次世代につなげて行きたい。

 

 

【東北震災遺構2018】②石巻市立大川小学校

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震災遺構2カ所目は石巻市の大川小学校へ。カーナビに「大川小学校」と入れて走り、到着すると報道で見た風景ではない別の小学校だった。校舎がなくなったので近くの小学校と合併となったようだ。「震災遺構」で調べてたどり着いた。 

 

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震災から7年以上経ったこの日もたくさんの花が手向けられていた。手を合わせてから先に進む。

 

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津波に合う前のおしゃれな建物が偲ばれる残骸は静かに佇んでいた。緑と川そばの小さな町にこのような立派な小学校で児童たちも楽しく学んでいたんだなと想像した。

 

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f:id:twinleaves:20180510230814j:imageコンクリートの構造物も津波の力によってなぎ倒されていた。生身の人間が耐えられるはずがない。

 

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校舎の奥には裏山、確かにすぐ近くにあり登るのも難しくなさそうだ。

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www.kahoku.co.jp

いろいろ調べていくとこのハザードマップにたどり着いた。防災関係者で事前の情報が頭に入っていた人間ほど大川小学校は安全と思ってしまったのではないだろうか。結果的には負の防災対策になってしまった。

しっかりした防災計画と想定内だけにこだわらない人間の勘や本能などの総動員が生き残るためには必要になってくると感じた。

 

 

 

【東北震災遺構2018】①仙台市立荒浜小学校

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震災から7年を過ぎた東北は宮城県岩手県の被災地を巡ってみた。

 

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まずは「仙台市立荒浜小学校」。ここは仙台市中心部から直線距離で10km程度離れた太平洋沿岸部にある。海岸から700mしか離れていない校舎は震災遺構として仙台市によって保存・管理されている。外観は一見キレイだが・・・

 

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校舎内は自由に見学できるようになっている。津波は4.6mまでの高さで押し寄せ1Fと2Fを飲み込んだ。91人の児童と地域住民ら320人は屋上に避難して無事だったとのこと。その後、夜を徹して自衛隊のヘリで救出されるが一部の大人たちは翌朝徒歩での避難となったらしい。

 

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津波の威力は強い。鉄の柵やコンクリートの構造物まで破壊する。生身の人間が対抗できるわけがない。

 

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f:id:twinleaves:20180506192931j:image海抜5mもない平坦な街。ここには800世帯2,200人の人々が住んでいた。そこへ10m以上の津波が襲ったのだ。小学校以外のすべてが押し流された。右に見える黒い集団は墓石のようだ。おそらく流された石を元の墓地があった場所へ戻したのだろう。隣のお寺は跡形もなく流され更地になっていた。

 

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この日は風が強く波打ち際に高い白波が立っていた。遠くから見ると防潮堤は低いように見える。小学校から海岸までには何もない。

 

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みんなが避難した屋上も公開されている。320人が避難し救助を求めたこのスペースは災害時に利用できるように整備されていた。3月上旬で雪が舞う季節、児童たちは一旦4階の廊下に待機させたほどの寒さだったようだ。

 

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沿革には明治6年開校と記されている。143年の歴史は津波によって閉じられたが校舎は残った。記録ビデオの中で校長先生が説明していたが、防災計画として校舎の隣りにあった体育館は全く避難先の対象にしていなかったとのこと。校長の意識が高かったのかこの小学校では防災計画がきちんと出来ていたようだ。

GWで子供連れも多く見学していた。これからの社会を作る子どもたちにもこの教訓を受け継いで生かして欲しい。そのための遺構だから。

 

 

【町屋】職人の街で見つけた軒先ジャングルと迷い道

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NHK-BS番組「TOKYOディープ! - NHK」で木造建物が並ぶ美味しそうな裏通りが映っていたので早速突撃してみた。

 

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家を出る前にマップで「町屋 製作所」と検索。点在する町工場をチェックし、おおよそのルートを頭に入れる。

 

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京成線・東京メトロ都電荒川線と3線の駅が集まる町屋、古い街だがアクセスが良いので駅前周辺は再開発の勢いが増しているようだった。

 

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駅前の繁華街から外れて住宅街の裏通りを行く。早速目についたのは路上園芸の多さだ。どの通りにもグリーンが並び、人通りは少なくても生活感がある風景になっていた。

 

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軒先の緑を見ていて気づいたのは背の高い樹木が多いことだ。人の背より高い、鉢植えグリーンのレベルを超えた木々が林立している。根元が気になる物件もチラホラと。

 

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上の地図を見てもわかる通りこの辺りの道路は直線部分が非常に少ない。昔からの街だからか川辺りの地域だからか起源はわからないがマップアプリを見ながらでないと方向も見失うほどだ。

 

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そんなクネクネ曲がった道というと、そう暗渠だ。地図上でもそれらしく蛇行している。ルート後半なのでこの道を進むことにした。

 

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暗渠道もだんだん狭くなってきた。道幅も狭くなっているがそれ以上に何かが道を塞いでいる。近づいてみるとどうやら個人所有物のようだ。しかしひと一人ギリギリ通れるスペースは残してある。絶妙な寸止めだ。完全に塞いでいたらクレームが入り即撤去されてしまうだろう。

 

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暗渠を進むも行き止まり。先を探していると面白い道に出くわした。ほとんど蛇行していないので水路由来ではないと思うが旧道だろうか「上智クリニック」と「現在地」を結ぶラインが完全に一致した。

 

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迷い道を歩いていたらけっこう西へ進んでいた。東尾久三丁目駅を過ぎ、消防署あたりから商店街が見えてきた。「おぐとぴあ23」(尾久本町通り商店会)だ。営業している店舗は少なく閑散としていた。さらに西へ進むと「川の手もとまち商店街」に入る。ゲートをくぐるといきなり面白い床屋が目に入った。

 

https://www.instagram.com/p/BiMkUoPg2zU/

ヘアサロン キムラ.#ザ壁部 #壁生活 #barber #head #川の手もとまち商店街

美容学校にあるアレだ!しかしカラーリングされて「アカンやつ」になっている。窓のイラストも面白い。地元のランドマークになっているのではないかと想像した。

 

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町屋駅から田端駅まで歩くこと4時間強、公園での小休止しか取らなかったこの日の歩数は18,000を超えていた。

  

 

【即売イベント】Webメディアびっくりセール

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毎度おもしろ記事を連発してくれるWebメディア「デイリーポータルZ」が主催する「Webメディアびっくりセール」へ遊びに行ってきた。知らなかったが今回が第3回となるらしい。

 

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会場は「iTSCOM STUDIO&HALL」、何年か前に出来た駅隣接の二子玉川ライズという商業施設の一部だ。改札から出てバス停エリアの先にも店舗などがたくさんあったのだ。土曜日の昼過ぎとあって人がたくさん出ていた。

モールを進むと滑走路脇のエプロンのように大きな開口部が見えてきた。中には体育館ほどのスペースに所狭しと並んだ出展(出店?)ブース。会場MAPを見ると56まで番号が振られている。

 

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東京別視点ガイドさんのブースでSABOTENSプレゼンツ「家ンゲイはんこ」のガチャガチャ。路上園芸で外せない必須アイテムを攻略しよう!ということだが出てきたのはハンコではなかったw しかしこれはレアアイテムで当たりだったのだ。(小躍り♪)

 

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ごった返す会場内の人をかきわけ進んだ先に卒業生代表プロダクツさん。こちらはレーザー加工機で作ったおもしろグッズを展開している。新商品の押ピンバッジをゲットした。国会議員のように胸につけて受けを狙いたい。披露宴会場で暇を持て余した時にも有効活用できるらしい。

 

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Webメディアで有名なライターの面々による座談会。内容はともかく司会者のスーツが気になってしまった。

 

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一回りしてゲットした品の数々。自分が好きな壁写真に近いものもあり、ブースでは名刺を交換させてもらったり。こういう場所も活用して同志を増やしていきたい。

 

 

ばかスイーツ

ばかスイーツ

 

【長崎ぶらり③】戦時遺構・魚雷発射試験場跡

長崎の旅も終盤に。空港がある大村市佐世保市の間にある川棚町、ここに戦時中の建物が残っているというので尋ねてみた。

 

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国道から逸れて片島公園がある岬へ向かう。右折ポイントを間違えたがナビが示す通りに進む。が、道幅が狭くリッターカーでもギリギリな道。なんとか通り抜けて最寄りの駐車場にたどり着いた。目の前に現れたのは旭日旗とトタン小屋、一瞬関連建物かと思ったがどうも違う。後で調べたら「片島ドリームランド」というキャンプ場みたいな施設とか。人の気配はなく営業していなかった。

 

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車を降りてから人の姿がない。どっちどっち?とGoogleマップで方向を見ながら進むとやっと出てきた案内板。一安心して坂を下ると煉瓦建物の残骸が点々と散らばっている。リアルRPGかよ!と口から出た。

 

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海沿いに最近整備されたような駐車場が見えてきた。案内板があるがここに車で入る道が無いように見えたのだが、、、不思議。

 

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そして遂に対面、メインターゲットの空気圧縮ポンプ室跡。この重厚感・廃墟感には鳥肌が立った。

 

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カメラはiPhoneのみだがクリップ式のワイドレンズを装着しての撮影、短い時間だったが四方八方を見渡した。モデルさんを連れてくれば絶好のロケーションになるだろう。

 

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本部跡以外にも魚雷発射塔や監視塔も残っている。だいぶ道が痛んでいて慎重に歩かないといけない。数人のグループで行動した方が良さそうだ。

 

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順路を辿ると魚雷の水密などをチェックするプール跡。地元のボランティアさんだろうか、簡素だが手書きの案内板が役に立つ。当時の技術者たちの奮闘に思いを馳せた。